最近、マテリアリティという言葉を耳にする機会が増えてきているのではないでしょうか?「自社のマテリアリティ(重要課題)は●●です。」というように、企業がこの言葉を用いている場面を度々見かけます。しかし、企業によってそのとらえかたは様々です。
この記事では、自社の企業価値向上に資する実体のある取り組みをするために、企業はどのようにマテリアリティを特定し運用すればよいのか解説します。
そのためにまず、マテリアリティの尺度を定義するのに必要な、「何が」「誰にとって」マテリアルなのか(重要なのか)をはっきりさせます。併せて、マテリアリティと同時に用いられることが多い一方で、同じくあいまいに使われているサステナビリティ(日本語だと「持続可能性」)という言葉についても、「何が」を定義することで、マテリアリティとサステナビリティの関係を解説します。
マテリアリティ、サステナビリティというと、地球環境についての話を想像しがちですが、実はそれだけではありません。
実際に見ていきましょう。
目次
1. マテリアリティとは?
マテリアリティ(重要性)の定義
マテリアリティとは、日本語だと「重要性」となります。しかし、重要性とは相対的なものなので、その言葉を用いる際には、重要性を判断する「対象」と「視点」が必要になります。
たとえば、企業がマテリアリティを考える際には、「何のマテリアリティを検討しているのか」(対象)と、「誰にとってマテリアルなのか」(視点)を明確にすることで、判断がしやすくなります。
前者の「何のマテリアリティを検討しているのか」という「対象」については、以下の2つの可能性があります。
何のマテリアリティを検討しているのか
- 情報
- 課題
情報のマテリアリティの検討
どの情報がマテリアルであるか否かの判断軸は、「その情報の有無によって、投資家などの資本提供者がくだす決定が変わるか否か」です。
そもそも企業がマテリアリティという言葉を最初に使ったのは、財務報告のためです。ある情報を、報告書に掲載するかしないかの判断軸(「重要性の原則」と呼ばれます)としてマテリアリティが存在します。
つまり、情報を対象として「マテリアリティ」という言葉を用いるのは、企業がすでに報告するべき情報を手元にもっており、どの情報を報告書に記載するか否かという優先順位をつける時です。
課題のマテリアリティの検討
ある課題が企業にとってマテリアルであるとは、「その課題が、企業価値の向上あるいは低減につながる」ということです。将来的に企業価値にポジティブあるいはネガティブな影響を与える課題については、その影響度の大きさに応じて優先度をつけて、その中でマテリアルな課題に、企業は取り組むべきといえます。
情報のマテリアリティは、過去の情報について報告するかしないかでしたが、課題のマテリアリティの場合は、その課題に企業が優先的に取り組むかどうか、未来の選択になります。
課題のマテリアリティで優先度が高いと判断されたある課題への取り組み状況に関する情報は、投資家の投資判断に大きな影響を与えるため、情報としてもマテリアルであると判断され、企業からの報告に含めると判断されることが多いです。そのため、情報のマテリアリティと課題のマテリアリティはコインの表裏のように密接に関連しています。
誰にとってマテリアルなのか
- 企業自身
- 投資家
- マルチステークホルダー(顧客、政府、市民団体、NGO、NPO、大学等)
誰にとってマテリアルなのかという視座が加わると、マテリアリティの判断がより分かりやすくなります。その情報や課題が誰にとってマテリアルなのかによって、優先度をつける際に、ウェイトの置き方やスコープが変わってきます。
例えば、投資家といっても、投資期間によって興味のある課題が変わってきます。例えば、短期的な利益を求める投資家にとっては、短期的に企業価値の向上または減少に影響の少ないプロジェクトの情報はマテリアルではありません。しかし、長期的な目線で見ている投資家にとっては、その情報はマテリアルである可能性があります。
そして、企業活動に関係する人や組織すべてを指すマルチステークホルダーにとって、何がマテリアルかどうかは全く異なってきます。サステナビリティ報告書は、このマルチステークホルダーを想定読者としていることが多いです。そのため、企業の経済的価値の文脈では優先度が低いマテリアリティであっても、環境関連NGOなど地球環境保全を第一目的としている団体にとってはマテリアルな情報等は掲載されることになります。
マテリアリティとともに用いられる言葉、サステナビリティ(持続可能性)
マテリアリティを調べている皆さんのうちの多くは、サステナビリティ関係の調べものからマテリアリティという言葉にたどり着いたのではないでしょうか?
このサステナビリティという言葉も、複数の解釈が可能であるために、分かりづらくなってしまっています。
企業がサステナビリティという言葉を用いる場合には、「何を持続的にしたいのか」という観点で、主に以下の2つの解釈が可能です。
- 「地球環境や社会」を持続的にしたいサステナビリティ
- 「企業のパフォーマンスや価値の向上」を持続的にしたいサステナビリティ
今後、サステナビリティという単語に出会った際には、このサステナビリティは、「何を」サステナブル(持続的)にする目的で使用されているだろうか?と考えてみると、理解が深まると思います。
例えば、サステナビリティ報告書は、地球環境のサステナビリティの文脈で書かれていることが多いですね。
マテリアリティもサステナビリティも流動的

上記のように、マテリアリティもサステナビリティも、複数の解釈があるため、「サステナビリティ文脈のマテリアリティ」といった場合、人によって指したい内容が全く異なります。
さらにやっかいなのが、この2つは、世論や政策など、時代の流れによってもどんどん変化していってしまうことです。そのため企業は、マテリアリティを設定した後も、常に見直さなければなりません。
「二酸化炭素の排出」という課題を例にとってみましょう。下図1は、「二酸化炭素の排出」という課題が、時を経る中でどのようにマテリアルになってきたか、つまり重要度が増してきたかを、企業種類ごとに概念的に表した図です。
50年以上前:
この時期は、「二酸化炭素の排出」は課題ではありませんでした。各企業が二酸化炭素をどれだけ排出しているかを気にしていた人がどの程度いたでしょうか?いたとしても、その人たちは少数派で、その言説は、企業価値にネガティブな影響を与えるほど認知されていませんでした。この時期であれば、「二酸化炭素の排出」よりも「水銀などの有害物質排出」の方が、地球環境にとっても企業価値向上の上でもサステナビリティの観点でネガティブであり、投資家をはじめとしたステークホルダー全員にとって、マテリアルな課題だったと言えるでしょう。
10数年前:
この頃から、「二酸化炭素の排出」は、地球環境のサステナビリティにとってネガティブであることが広く認知され、マルチステークホルダー(国やNGO等)にとっては、マテリアルな課題になってきました。しかし、企業価値や株価へ直接影響を与えるものではなかったため、一般の企業や投資家にとってはまだマテリアルな課題ではありませんでした。もちろん、気候変動への対処がビジネスモデルに組み込まれている環境テック系の企業等、一部の企業にとっては、この頃から既にマテリアルな課題でした。
現在:
「二酸化炭素の排出」は地球にとっても企業にとってもサステナビリティの観点でネガティブであり、誰にとってもマテリアルな課題になったと言えるでしょう。政府が温室効果ガスの正味排出量ゼロを明確に打ち出し、排出量削減に取り組まない企業の企業価値は将来的に減少する可能性があるため、投資家が企業に取り組みを促すような時代になってきました。
このように、時代の流れによって、「二酸化炭素の排出」という課題が、企業にとって最初はマテリアルではなかったのに、だんだんと重要性が増して、現在は取り組まざるを得ない、企業自身のサステナビリティに関わるマテリアルな課題になってきたことが分かると思います。「二酸化炭素の排出」という課題は、十年スパンで変化してきましたが、流動性が高い現在、例えば数年ごとに自社にとってのマテリアリティを見直す必要があるでしょう。

図1:企業特性ごとの「二酸化炭素の排出量」のマテリアリティ優先度の変遷(一般化)
2. 企業のマテリアリティとサステナビリティは必ずセットなのか?
答えを先に言ってしまうと、地球環境のサステナビリティの場合「ノー」です。企業のパフォーマンスのサステナビリティの場合は、「イエス」です。
セットに感じてしまう理由
近年では、地球環境のサステナビリティに取り組まないと企業の経済的価値が低減するというように、企業活動の地球環境へ影響と企業パフォーマンスの関係が、直線的な因果関係で結ばれるようになってきたために、この2つがセットであるように感じるのです。
もし万が一、全世界の人々が、地球環境への配慮は必要ないと考え、大量消費社会を賛美する状態になった場合、企業が環境への配慮をしようがしまいが、企業価値への影響は少なくなるでしょう。そんな世界では、(地球環境の)サステナビリティとマテリアリティは全く切り離されることになるわけです。
企業が地球環境への責任の一端を担っているという考え方が広まってきたことは、事実そうだと考えますし、歓迎すべきことと言えるでしょう。しかし、形式的、表層的に地球環境のサステナビリティと企業のマテリアリティとがセットとして捉えられてしまうことには弊害もあります。
セットとしてマテリアリティ分析をする弊害
マテリアリティは、地球環境や社会のサステナビリティと結びついたものでなければならないという前提でマテリアリティ分析をすると、どのような弊害があるでしょうか?それは、マテリアリティ分析(後述)を実際に行っていく際に、既にSDGsやESGで規定されている地球規模課題に、自社事業を「形式的に」当てはめてしまうリスクがあります。
SDGsやESGの枠組みに形式的に当てはめるように自社のマテリアリティの策定をしてしまうと、実際には自社の企業価値の向上や低減にあまり関係のない課題をマテリアルであると特定してしまう可能性があります。余裕のない企業には、自社の企業価値とのかかわりが薄い課題へ経営資源を積極的に割くことはできません。そうすると、外部に取り組んでいること自体をアピールするためだけの取り組みになってしまい、自社にとってはお荷物事業、地球環境や社会にとっても良いインパクトを与えられない無駄な事業を増やしてしまいかねません。
地球環境や社会のサステナビリティに貢献できる事業は多種多様です。ESGやSDGsなどの既存の枠組みには当てはまらない可能性も十分にあります。自社の企業価値向上に資するかどうかをまず第一の軸に、優先課題を特定し、企業戦略の中心に据えることができたら、あえて意識せずとも地球規模課題や社会課題に関連する課題が出てくるでしょう。
3. マテリアリティ特定(マテリアリティ分析)と運用のステップ

それでは、上記を踏まえつつ、どのように企業はマテリアリティを特定し運用すればいいのでしょうか?
(1) 経営レベルでのコミットメントと社内での意思表明
まずは、企業価値を向上あるいは低減するような課題を特定し、自社のマテリアリティとして設定します。それを企業戦略に組み入れ、社を挙げて取り組むということを、経営層が決心することが必要です。そして、全社に周知するのです。
上述したように、SDGsやESGなどの既存の枠組みに既にやっている活動を当てはめて「やっている感」を出すだけでは、割いたリソースが無駄になってしまいます。経営層がしっかりとコミットし、全社で取り組む素地を作ることで、企業価値向上にも地球や社会のサステナビリティにも貢献するような事業戦略を実行することができます。
(2) 課題の抽出
課題を抽出するステップでは、自社に関連する課題を幅広く抽出する必要があります。この時点では、どれが企業価値の向上につながるか、どれがより重要かについては気にする必要はありません。
株主等マルチステークスホルダーの立場に立って、彼らの関心や期待が何なのかを想像してみると、普段の企業活動の中では思い付かない課題が出てくる可能性があります。
(3) 課題のマッピング
次に、抽出された課題の優先度を決定する必要があります。これには、マトリックスを用いて検討することが推奨されています。
各課題が2軸のうち、どのあたりに位置するのか、社内での話し合いや、実際に関連するステークホルダーへの聞き取りを通じて、マッピングしていきます。
様々な開示基準で推奨されているX軸は、地球環境や社会にとって重要であるかどうか、ですが、これまでご説明してきた通り、自社の企業価値への影響をX軸にとる必要があります。
マッピングの図

(4) 特定したマテリアリティのマネジメント
KPIの設定
まず第1に、企業がどのようにマテリアリティに対応し、どういった状況を目標とするのかを表明する必要があります。そのうえで、KPIとその評価方法を設定します。設定したマテリアリティに法令上求められる基準があるのであれば、その現状と目標も設定します。
体制整備、責任の所在の明確化
第2に、その目標を達成するためのマネジメント方法や方針を決める必要があります。責任をもって担当する部署を特定し、体制を整備します。この時、評価方法を決定するだけでなく、その成果について、責任者のインセンティブやパフォーマンス評価に紐づけると取り組みがより進みやすくなります。
苦情処理メカニズム、つまりマイナスのインパクトが生じた際の救済措置なども検討する必要があります。マテリアリティの中ではオンゴーイングでインパクトを発生させているものや、企業が予期せぬ時期に弊害を発生させる場合があります。こうしたときに、いかに対応するかあらかじめ検討する必要があります。
(5) マテリアリティへの対応状況の公開
上述した、マテリアリティの特定過程、マネジメント方法、取り組みの進捗状況などを公開する必要があります。
手法の評価の有効性を評価する仕組みと、評価結果→測定結果、目標値に対する達成度、プロセス中に直面した障害、成功した事例なども記載します。
どの名前の報告書をどの基準に従って作成するかについては、企業によって変わってくるでしょう。
報告書基準の違い、スコープやマテリアリティとの関係性については、こちらの記事で詳しく解説されていますので参考にしてください。
(6) フィードバックの収集とマテリアリティの見直し
公開することによって、投資家をはじめとしたさまざまなステークホルダーからのフィードバックを得ることが出来ます。フィードバックを分析し、再度自社の企業価値の向上及び低減の観点から整理したうえで、必要があれば、マテリアリティ自体や開示指標などの見直しを行っていきます。
上述したように、ある課題がマテリアルであるどうかは常に変化しています。外部との対話を通して、常に軌道修正していく必要があります。
まとめ
いかがでしたでしょうか?駆け足となりましたが、企業にとってのマテリアリティ、マテリアリティとサステナビリティとの関係、そしてマテリアリティの特定・運用方法についてご説明させて頂きました。
SDGsやESGなどの既存の枠組みに従ってマテリアリティを特定しようとすると、企業価値の向上あるいは低減に直結しない課題が形式的に対象になってしまうリスクがあります。そうすると、企業としてリソースを割くに値しない一過性で、それこそ持続可能性のない取り組みになってしまう可能性があります。
企業が、自社事業の中心に据えて取り組む課題を選ぶ際には、企業価値への影響が大きく、ステークホルダーの関心も高い課題を選ぶ必要があります。報告書は、既存の開示基準をうまく活用しつつ、それらのマルチステークホルダーとのコミュニケーションツールとして利用しましょう。形式上報告するための報告書では、作成する労力がもったいないですよね。
今後、持続可能な社会への関心がさらに高まるにつれて、地球環境や社会のサステナビリティに配慮した投資機運が高まっていくでしょう。その結果、美辞麗句ではなく地に足の着いた取り組みをしているかまで見られていきます。表面的な取り組みではなく、自社事業にとって真のマテリアリティを特定し、しっかりと行動している企業が、投資家にとってはますます魅力的な投資先になっていくと考えられます。
マテリアリティへの取り組みを企業価値向上につなげるには
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参考情報:マテリアリティ検討に有益な情報
2021年2月2日公開
2021年6月14日一部更新